大阪西支部
           日本中国友好協会大阪府連合会
最終更新日2020年05月16日
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12/1 南京映画と講演


シンポ
中国は社会主義か
 12月21日、京都市内でシンポジウムが開催され、中国が「社会主義市場経済」を掲げるようになって以降、目の前に展開される実体とも関連し「中国は社会主義か」が論争テーマになり、一党制と大国主義が社会主義と両立するのかも議論され、ポスト資本主義論とも関連する重要問題であり、総決算となる議論が展開されました。

2/24 日中友好
    
新春のつどい
 





関西地区日中友好協会
  連合会 訪中団

22名内1名中国・朱領事
大阪7名、京都4名、兵庫9名、奈良1名  
12/11〜15 江蘇省 上海〜蘇州〜
楊州〜南京




 西安・延安を巡る
 遥かなる長安ーー全ての道は西安に通ず、日中交流の先駆者、遣隋使・遣唐使の軌跡や、国共合作の舞台を訪ねる旅でした。延安は75年前に日本の民主と平和が始まった地点でもあります。北京空港では、共産党大会開催中のため厳重なチェックをうけ西安へ。
 兵馬俑(1・2・3号坑・銅馬車館)秦始皇帝陵、八路軍西安弁事処記念館、武帝の墓や楊貴妃の墓、八路軍西安弁事処記念館などを見学。
 西安から長征終着の地・延安へ320q、毛沢東(エドガー・スノーもインタビュー)劉少奇・周恩来・朱徳等の洞窟の旧居を見学、延安革命記念館、中国共産党中央書記旧址・棗薗、楊家嶺(共産党幹部所)などを見学。
 西安に戻り、西省人民対外協会を表敬訪問、「西省は京都、奈良、愛媛、香川等と交流を持っている、学生達との交流も行ない、若者には力を入れており、今後も活発な交流を行ないたい」
 大阪府連は活動資料を渡し説明、その中で興味を示されたのが中国百科検定試験と南京問題への取り組みで、大いにこれらの活動を強めてほしいと言われました。また貴協会は自前の組織、財政で行われているが、私たちは中国政府のもとで行っているので、とても尊敬すると言われました。双方とも今後は若者をいれてもっと活発な交流を行って行く必要性では一致し、西省『トキ』の関係行事の時には招待をしたいと、和やかに会談を終えました。
  (平松悦雄)



関西・事務局長研修会

 開会挨拶で、会議の意義について 交流でも会議でもなく研修である。初めての試みで 、講義の後には4,5人にグループ分けして、紙に何枚でも いいので感想・意見を書いていただき、それをグループごとに代表者が発表していただ きます。との説明がありました。

深圳人オ安居集団有限
  公司の皆さん来訪
 10月17日午後、中国・深圳人オ安居集団有限公司 の皆さん、ガイド・通訳含め 8人の方が、関西空港到着後の足 で、日中友好協会大阪府連合会を 友好訪問に来てくださいました。


中国から中学生が来訪
 713日(木)前田兵庫県連会長に引率されて江蘇省溧陽市燕山中学の生徒7名、校長、教員、神戸在住の上海出身者2名、吉林省出身の帰国者2名の15名が来訪。府連側は渡辺会長、松尾理事長、他5名の常任理事が出迎えました。
 溧陽市は上海と南京の中間に位置し、秦の時代からの古都です。燕山中学は生徒数2,800人のマンモス校です。弁当の紅白のごはんから地元名物「黒米」の話題になるころには緊張も解け、和やかな雰囲気で交流が始まりました。
 日本人はみんな親切、笑顔で話してくれる。日本はとても清潔、けど蒸し暑さはいっしょ。食べるものはとってもおいしい。将来、中国と日本を繋ぐ架け橋になりたい。日本の会社に勤めるにはどうしたらいいの?うれしい感想が出されます。

 夕食が終わって、「このまま帰るのはもったいない。せっかくだから大阪の景色が見える高いところはないか?」ということで大阪駅ビル屋上へ案内しました。タイミングよく黄昏で真っ赤な夕日が沈んでいきます。大喜びで、あちこちで撮影会が始まります。先生の指示でバレーの達人の生徒が日時計のモニュメントに手をかけてちょっと顎を出してポーズをとります。革命現代京劇『紅色娘子軍』を思い出しました。子供たちはもとより付き添いの方たちも大いに盛り上がりました。まったく電車に乗る気配を見せません。大阪のことを少しは知ってもらえたでしょうか?


 西区で平和を訴え
 
地下鉄・九条駅前で9名(内西支部6名)参加のもと、不再戦運動を元気よく行ないました。
 7月11日は共謀罪が施行された日です。ビラを受け取った中には、平和運動をされているなんてと、感動的に受けとめていただいた方もいらっしゃいました。少なくない中国の方もビラを受け取っていただきました。


大阪府連大会開く 
 
大会には来賓として、日本共産党辰巳孝太郎参議院議員と日中兵庫県連前田清会長、日本コリア協会飯田光徳理事長があいさつされました。

 72日大阪グリーン会館で40数名が参加して、第63回府連大会が開催されました。この1年、中国への関心に応え、府民の中に日中友好を広げるための不再戦活動、友好交流活動にとりくみ、新たに入会された61名、25か月連続増勢の中で開催されました。

 大会へのメッセージは40団体から、代表して中華人民共和国駐大阪李天然総領事からのメッセージが紹介されました。各種報告と討論、新役員の選出、大会宣言と特別決議が採択され閉会しました。

日中友好協会大会開く
 東京・台東区で第66回大会が、全国各地から260名が集い、3年連続の会員・準会員の増勢のなかで開催されました。

大阪代表・代議員席
 この1年の間に1000名近くの新たな会員・準会員を迎え入れ、さらに西宮、荒尾・玉名、宇部の3支部が新たに結成されました。
 太極拳全国交流会や百科検定、中国語、きりえ、歴史講座などの活動が発言されました。
 大会は「共謀罪」の成立と憲法九条改悪を阻止し、日中友好をアジアと世界の平和と安定につなげるために奮闘することを宣言しました。

夜の祝賀会では平松代議員が30年表彰を受けました。

春節のつどい交流会
 春節のつどい料理のメニューの紹介です。街の中華料理屋さんではなかなか口にできないものばかりです。餃子と玉米面もありました。
@ 花生芹菜小菜:花生米、
 芹菜、木耳、
红萝卜(根)
A 尖椒炒干豆腐:干豆腐、
  青椒、辣椒
B 红烧鱼级鱼
C 茶蛋:蛋、茶叶
D 酸菜粉条:酸菜、粉条、
  猪五花肉

E 海蜇海蜇、黄瓜、
  香菜、
江醋
F 凉拌猪耳猪耳、
  黄瓜、香菜

G 豆角炖粉条:豆角、
  
粉条、猪五花肉




 
国境を越えるトラック

橋の向こうは北朝鮮の建物

 中国・朝鮮・ロシアの3国が見える防川のタワーから

8月2日から6日北東アジア平和と友好の旅、中国・朝鮮・ロシア国境地帯へ行ってきました。3団体共催で30名が現地ガイドの案内で長白山へ登ってきました。頂上の天池めざして中国各地と韓国から来るすごい人の群れで、どこでも1時間以上行列に並んでバスで移動します。当日はピークで3万名が押し寄せ、昼ごろには入山規制になりました。
 中国・朝鮮・ロシアの3国が見える防川のタワー、望海閣から国境地帯を眺めました。川の向かいは北朝鮮、山をはさんでロシアが見えます。国境とは思えない緑豊かな静かな風景です。北朝鮮との国境にある友誼大橋では、中ほどにある国境まで歩いてゆきました。トラックが行き交い、北朝鮮からも観光客歩いてが帰ってくる静かな国境です。遊覧船から橋を見ると色分けがしてあり国境線が良く分かります。北朝鮮側には人影は見られません、監視の制服を着た兵隊を見かけるぐらいで平凡な橋の上の国境ラインでした。

 会員増加で
   府連大会

 第62回大阪府連大会は7月31日、39名が参加して開催されました。 山本副会長が開会宣言と物故者に黙祷。渡辺会長挨拶があり、
 議案や各種報告提案があり、質疑応答のあと大会議案・会計報告などを採択、新役員を選出し、大会宣言の提案と採択、小林徳子副会長が閉会の挨拶を行いました。 





 
日中友好協会大会
 6月11・12日東京都内で260名が参加して、会員が増加する中、開催されました。中国脅威論に打ち勝って日中不再戦・平和友好運動を飛躍させようと、青年男女も交じり、各地から元気よく討論されました。

 中国大使館の王参事官女史は「中国脅威論に反論しながら、草の根の日中友好・平和の活動を続けていることに対し高く評価している」と挨拶されました。文革のあおりで分裂した2つの日中友好協会が、各地で共同行動を取り組んでいる活動も報告されました。
 「組織を大きくしてこそ、情勢を変えられる」と太田本部組織委員長は会員増の中で迎えたが動く支部が少なく、会員の協力はまだ大きな課題と指摘、年齢構成調査では60代以上が8割を超え、世代構成の若返りを痛感していると発言されました。
 大阪府連から本部役員2名と代議員7名が参加し、「豊かな運動は系統的な学びから」と学習運動の重要性を(山本代議員)、「長期停滞から50数名の会員増へ、この1年間の活動について」(澤野井代議員)それぞれ発言がありました。平松代議員は4名の議長団に選ばれ議事運営に貢献しました。
 大会祝賀会では、機関紙コンクールの最優秀賞に受賞した「大阪西支部ニュース」が表彰されました。

講演会

 「日本関東軍による    棄兵棄民政策」

 講演会ははじめに1945812日、満州国・はだは開拓団がソ連軍などに攻撃され集団自決した麻山事件で生き残った黒川健夫さんが証言しました。
 黒川さんは当時6才、8月9日ソ連軍が侵略し「はたは開拓団」は退却途中、12日ソ連軍に包囲され420名が集団自決しました。黒川さんはお母さんに抱きかかえられかろうじて生き残り「麻山事件」から生還してと題して中国語で歴史の証言をしました。
 次いで、太平洋戦争末期、ソ連軍に連行され、シベリアで過酷な強制労働を科せられたシベリア抑留者の賠償訴訟を担当する黒澤誠司弁護士が「日本関東軍による棄兵・棄民政策」と題して講演しました。
 19458月敗戦後、南方からは帰還命令により帰国しましたが、満州では、シベリア抑留について日本軍側から、天皇制護持のためソ連側に働きかけたと資料を基に講演されました。

「南京から現在のメデイア状況を照らす」
  歴史取材の重要性と戦前・戦後の共通点は
 2019年12月1日「マギー牧師が見た南京大虐殺」上映と講演会が大阪市内で開催、朝日新聞下地毅記者の「南京から現在のメデイア状況を照らす」の講演に300名が参加されました。戦時下の新聞については、新聞業界にはいまだに「政府や軍部の弾圧・検閲があったから……」という新聞「被害者」神話が生き残っています。戦前・戦中の新聞記者は、どのような思いで原稿を書いていたのかを戦時下の記事を読みながら推察、そこから見えてくるのは「喜び勇んで迎合していた」という加害者としての姿です。
   

   シンポ
中国は社会主義か
   2019/12/21
  


  
    2018/2/24 日中友好 新春のつどい
 


2017年12/11〜15
関西地区日中友好協会連合会 訪中団


西安・延安を巡る  2017/10/20〜25
遣唐使の軌跡や、国共合作の舞台を訪ねる


10月20〜25日、遣唐使の軌跡や、国共合作の舞台を訪ねました!
遥かなる長安ーー全ての道は西安に通ず、日中交流の先駆者、
遣隋使・遣唐使の軌跡や、国共合作の舞台を訪ねる旅でした。
延安は
75年前に日本の民主と平和が始まった地点でもあります。


   2017/10/28〜29 関西・事務局長研修会
 10月28〜29日、大阪市内で事務局長会議が開催されました。
 岡山、愛知、関西各支部の事務局長や事務局次長30名が熱心に
 講義をうけ、グループ討議をおこないました。



 2017/10/17深圳人オ安居集団有限公司の皆さん来訪


 2017/7/13 中国から中学生が来訪




  2017/7/11 西区で宣伝、平和を訴え


  2017/7/2  大阪府連大会開く




 2017/6 日中友好協会大会開く

  東京台東区大会会場  
中国領事館から来賓あいさつ。


  
 2017/2/5 春節のつどい交流会  
 2月5日春節のつどいを大阪帰国者センターで開きました。料理スタッフやダンスのメンバーなど100名が、手作りの中国東北地方の家庭料理を食べながら歓談・交流しました。藤後顧問の乾杯の音頭で開宴、小部さんの演奏、城東の皆さんの漢詩の中国語の朗読、帰国者の皆さんのダンスで楽しく春節のつどいを過ごしました。





 2016/8 平和の旅 3国国境から 長白山へ


  
長白山から天池を眺める

 
延辺外事弁公室の池さんと記念撮影    長白山瀑布(下)


   
第62回大阪府連大会 7/31 


 日中友好協会 第65回大会 
2016/6/11〜12


 機関紙コンクールの最優秀賞に受賞した「大阪西支部ニュース」  

    講演会 「日本関東軍による棄兵棄民政策」
  2016/4/24(日)14:00〜グリーン会館で120名が参加して「過去の克服・加害と被害を考える」講演会が開かれました。 
講師は黒澤誠司弁護士(シベリヤ抑留者賠償訴訟担当)でした。


黒川健夫さんが証言         黒澤誠司弁護士
  

2015/07/01
大阪府連通信7月号から

日中不再戦・
平和友好のつどい

安倍首相に「過去の克服」を進言する
「日中不再戦・平和友好のつどい」は7月1日大阪市内で開催されました。ドーンセンターのロビーには開場一時間前からぞくぞく詰めかけた方々が数十名になり、開会時間にはほぼ八割の席が埋まる盛況で、スタッフをふくめて450名が熱心にメイン企画の朗読劇「 戦時下反戦放送・長谷川テルの生涯と遺児 暁子」に聴き入りました。

 この朗読劇は演劇を志す二十代の青年が、南京大虐殺以後三年間で218回の反戦ラジオ放送を行った「長谷川テル」の思いを伝えようと稽古を積み重ね感動の舞台となりました。

 長谷川テルさんの遺児暁子さんが「日中不再戦・平和の決意新たに」と戦後七〇年、今こそ母の声である日中不再戦と永遠の日中平和友好への願いを切々と訴えました。日中国交回復を記念して製作された映画「望郷の星」でテルさん役の栗原小巻さんが駆けつけ、花束を暁子さんに送り激励のあいさつをされ満場の拍手をうけました。


 長谷川暁子さん平和の思いを訴え
 過去の教訓と平和の理念を共有しよう


 長谷川暁子さんはあいさつの中で
 「私は中国で生まれ、中国人としてそこに四十年も暮らしてきました。自分を大事に育ててくれた中国を祖国として愛しております。
 四十路にさしかかったとき、体の中に日本人の血が流れているせいか、小さい頃から憧れていた、未知の日本に留学に来ました。そしてこの国を好きになりました。留学を終え一旦帰国しましたが、その後の二年間、祖国である中国を後にしていいのか、初老になった自分は今までの安定した生活を捨てて、言葉もわからず、生計を立てるすべも知らず、想像できる貧乏生活に耐えられるのかと悩んだあげく、日本で人生の後半を送ろうと決意しました」
 と語り始め、平和への思いを切々と訴えられ、最後にこう結んでお話が終わりました。

 「皆さん、国と国のあいだには摩擦とトラブルが起こるのですね、でも我々現在の人々が後世に残すべきものは、恨みと偏見ではなく、憎悪と敵視でもなく、過去の教訓と平和の理念であるという共有認識をきちんとさえすれば、寛容、共存・共和という関係を築くことができ、それによって摩擦などを解決する良法を見いだすこともできるでしょう。そうしましたら、日本はきっと世界に認められる真の美しい国になるに違いないということを、わたくしは信じそして願っております」

  日中不再戦・平和友好のつどい
   
安倍首相に「過去の克服」を進言するー

     朗読劇は演劇を志す二十代の青年

長谷川暁子さん平和の思いを訴え
   「過去の教訓と平和の理念を共有しよう」


   栗原小巻さんが激励に駆けつけてくれました。